記事作成者:寺尾真樹
●「責任感」がつらい
思考系の資質と人間関係系の資質の多い私にとっては、「責任感」という資質は、何かをやり遂げるために頑張ってくれている貴重な実行力資質だ。
だいたい、上位5番目付近をうろうろしている。ただ、御多分に洩れず、この資質もありがたい面と残念な面がある。多くの場合は残念な面が気になる私。なので、正直、「うざい」資質だと思うことが多い。
たとえば、いつもいつも何かの仕事を抱えている気分がなくならない。一つのことが終わると、すぐに次に「やら”ねばならない”」ことに意識が向いて、頭のなかから「仕事」や「宿題」が消えることがない(「目標志向」の超無駄遣いをしている気もする)。
それが自分とした約束なら、「まあまあ」と適当にいなしながら暮らすのだけれど、相手のあることだと、相手のことが気になってしょうがない。締め切りや期限があることであれば、この資質の特質を大いに生かして何が何でもそれを守ろうとするのだけれど(とはいえ、そこからこぼれることがいくつもあるにはありますが……ああ、ごめんなさい)、それだと自分の身がもたないな、と思うので、知恵をつけて、この頃は期限を設けずに仕事を受けることも少なくない。
なので、できないからといって約束を破っていることにはならないのだけれど(と自分で逃げ道を作っているわけだが)、相手を待たせていることには違いない、と思うと、もう、毎日のように身が縮む思いがする。幸い、胃は今のところ丈夫らしく、「胃に穴が開きそう」という感じはないのだけれど、考えると呼吸が浅くなってしまって、結果、頭が酸欠になっている気がする。
頻繁に頭痛がするのはそのせいか? と思わないでもない(たぶん「内省」も加担している)。子どもたちには「お母さん、いい加減にその生き方やめたら?」と言われる始末なのだが、そこが上位資質の「サガ」というものか、(上位資質たちの残念な使い方のコラボの結果)「それができたら苦労しないよ」という感じであまり進歩が見られない。
●うざったくも愛おしい上位資質たち
で。
先日も頭が「オーバーヒートした~」という感覚で頭痛がガンガンしてきて、ついにまた寝込んでしまった。やろうとしていたことがなかなかはかどらず、時間ばかりがすぎるのに、何も形にならない一日を過ごし、そんな自分が情けなく、布団のなかで痛む頭でつらつら考えた。
「ああ、情けない。こんなに時間を使っていながら、ちっとも形にならないなんて。なんて自分には才能がないんだろう? ……っていうか、どうせ、ほとんど意味のないことにこだわったりしてるに違いない。もっと柔軟に考えたり、サクサクと軽やかに思ったことを実現できないものだろうか……涙」
「あの人も、あの人も待たせている……。あ~ん、ごめんなさ~い」
出口のないトンネルにいる感じ。
そして悶々、ガンガン、うつらうつらしていると、こんな思いもやってくる。
「こんだけ頭痛とかに苛まれながらも、すっかりメンタルダウンしてしまうこともなく、ここまで生きてこれたっていうのも、結構すごくない? 不動の10位の「ポジティブ」くん、実は頑張ってくれてたんだろうな。そうそう、何と言っても、私そのものみたいな「運命思考」もあったればこそかな」(と、すでにこの2つの資質、発動中)。
「そうだ、あの時は私の「包含」と「戦略性」のコラボレーションであのプロジェクトを成功させたっけ。楽しかったなあ……」
「あの時は学習欲が……」
「この時は成長促進が……」
………
そう考えてくると、どんな苦しい時も、消えてなくなることもなく、4人の子どもを育て続け、ともかくもここまでの生活を維持し続けてこられたのも、この「責任感」がいてくれたからだ。きっとこれって、私が意識を失っても、頭の芯のところに残っている気がする。人の体を焼いても残る、ペースメーカーとか骨折の手術の時に入れたボルトみたいに(変なたとえだけど……)。
そう思うと、すごいぞ「責任感」と思うとともに、痩せても枯れてもそこにいつづけてくれている「責任感」に、尊敬と感謝の念が湧いてきた。
それと同時に、自分の上位資質全てに感謝と愛おしさが湧いてきた。
この子(資質)たちがいてくれたおかげで、自分の今がある。ここまで生きてこられたんだ。本当にありがたい。ありがとう我が資質たち。
泣いて、笑って、また泣いて、いつしか眠りに落ちていた。
そして、今書きながら思う。
まもなく私の誕生日。
そうだ、誕生日は、”資質感謝デー”にしよう! と。